以下は、原告睦子より提出した陳述書である。
※固有名詞は必要に応じてイニシャルとしている。
平成12年(ワ)953号損害賠償請求事件
神戸地方裁判所尼崎支部御中
陳述書
平成14年7月15日
弁護士○ ○ ○ ○殿
住所 兵庫県尼崎市
氏名 山下 睦子
1 入院前までの妊娠経過
私は、小さい頃から運動することが大好きで、中学時代から社会人までソフトボールを続け、大きな怪我や病気をすることもなく、健康が私の自慢でした。1999年8月24目に夫秀樹と結婚しました。その年の10月9日、自宅近くのC病院で診察を受け、妊娠5週目であることがわかりました。妊娠8週目の11月3目の夜、少量の出血があったのでC病院で診察を受けたところ、切追流産および右の卵巣が腫れているということで入院を指示されました。出血は翌日治まり、右卵巣の腫れも排卵によるものであれば、妊娠10週くらいで治まってくるとのことでしたが、様子を見よう、ということで11月3日から11月18日まで入院しました。切迫流産の症状も改善され、医師の言った通り、妊娠10週目で右卵巣の腫れも治まりました。その後、妊娠経過も順調で、毎月の妊婦検診を楽しみにしていました。妊娠33週目に入るころ、C病院の担当医に里帰り分娩を希望していることを伝えたところ、快く紹介状を書いてくださいました。被告公立那賀病院を選んだのは、実家のあるK町の周辺で分娩の緊急に対応できる病院を探したところ、そこが最も近かったからです。被告公立那賀病院は、最近新築された最新設備を備えた紀北地域の基幹的病院ということで、信頼してそこで出産することにしたのです。
私達は、初めての子供が私達のもとに元気に生まれてきてくれることを非常に楽しみにしていました。私達は希望に満ち、そして出産には何の不安もありませんでした。
2 妊娠中の被告F医師の対応
(1)2000年2月25日(金)
この日に、初めて被告病院で被告F医師による診察を受け、被告病院で出産することとし、必要な手続をしました。出産予定日は6月9日とのことでした。診察が終わった後、被告病院の3階で、助産婦に里帰り時の連絡先などを話し、35週日くらいには里帰りをして診察を受けるように指導を受けました。
(2)5月8日(月)
5月の大型連休に里帰りをし、35週目に入った5月8日(月)に、被告F医師の診察を受けました。このときも内診を受けたのですが、今まで受けてきた内診で痛いと思ったことは初めてで、不快な思いをしました。
また、3月にあった会杜の健康診断で白血球の値が高いことがわかり、検査機関から、「妊娠中だからだと思うが、白血球が高いので主治医に相談するように」とアドバイスがありましたので、被告F医師に検査結果の紙を見せ相談しました。しかし、あまり関心がなかったようで、特に問題ないとのことでしたが、ちゃんと検査結果を見てくれているようには見えませんでした。
(3)5月15日(月)
36週日に入った5月15日(月)に、被告F医師の診察を受けました。被告F医師は、カルテを書きながら私に背を向けたまま、何か聞きたいことはあるかと聞きました。私は、初めての妊娠でわからないことがあったので、質問しました。私が質問をしているときも私に背を向けたままで、診察もしないで、「問題ない。」と答えるだけでした。傲慢さを感じ、とても不快に思いました。それでも、たしか1500円だったと思いますが、ちゃんと相談料を請求されました。