裁判記録(被告第5準備書面)

以下は、2003年4月22、被告側代理人より提出された準備書面である。

※できる限り原文通りの記述に従ったが、機種依存文字の丸付き数字は丸なし数字に、固有名詞は必要に応じてイニシャルとした。

 


第4、損害について(予備的主張)

仮に、被告らの過失及び損害との因果関係が認定されるとしても、次の通り、損害は合理的な範囲に限定されるべきである。

一、睦子ベビー(留美奈)の損害
1.死亡慰謝料
亡留美奈(原文ママ)は死産であるから、亡留美奈(原文ママ)に損害賠償請求権を取得する余地はなく、死亡慰謝料は存しないない(原文ママ)というべきである(乙42:193p、乙43:255p)。

2.逸失利益料
(1).亡留美奈(原文ママ)は死産であるから、亡留美奈(原文ママ)に損害賠償請求権を取得する余地はなく、死亡慰謝料は存しないないというべきである(乙42:193p、乙43:255P)。

(2).仮に、出生後死亡であるとしても、死亡に至る原因機序(臍帯脱出等の急激な重症臍帯循環不全)からすれば、早期帝王切開等の処置によっても、亡留美奈(原文ママ)には高度の脳障害等が残存した可能性が高いと推認されるから、労働能力の喪失(労働能力O%)を回避できたと認めることはできない。従って、被告らの過失と逸朱利益との間に相当因果関係を認定することはできない。

*注1:新生児仮死の病態(多臓器不全、脳性麻痺への移行)
@.「出生により、子宮内環境から子宮外環境に移行する過程の中で、胎児・新生児には急激でかつ複雑な生理学的変化がもたらされる。本来健康な児にはその変化に対応する機能が備わっているが、母胎、胎児、新生児にさまざまな要因があると、これらの変化に必ずしも十分に対応できない。このような場合には、新生児は出生後、高度の低酸素症と虚血状態に陥り、その結果全身の臓器の機能障害が引き起こされる。さらに中枢神経系に永続的障害を残し脳性麻庫(cerebralpa1sy:CP)の原因となる。この一連の病態を新生児仮死という」とされる(乙3:1562p左上段)。

A.本件では睦子ベビーは、出生(分娩)時点では既に死亡していたことから(子宮内胎児死亡、死産)、亡翔己(原文ママ)は出生前に高度の低酸素症と虚血状態に陥り、その結果全身の臓器の機能障害が引き起こされて(多臓器不全)、子宮内で死亡したものと推認されるが、死亡していなければ脳性麻痺(労働能力O%)を残存したと推認される。

(3).この点は、原告らの主張する遅発一過性徐脈出現から基線細変動の減少〜消失という病態機序を前提に急速遂娩を実施できた場合においても、
@.基線細変動の減少では胎児仮死の診断はなされず、他方、消失基線細変動の消失に至れば、この時点で、胎児を急速遂娩してももう遅い場合が少なくないというように、予後不良で、労働能力の喪失を回避できない点では同様である。

A.また、遅発一過性徐脈の反復出現の時点で帝王切開しても、30分程度で、基線細変動は消失するから、その消失以前に確実に娩出することは被告病院では困難であるから、やはり、予後不良であったと推認される。

*注1:基線細変動消失の場合の予後不良
@.「LOV(細変動消失)を認めた31例中10例(32.3%)に予後不良児が発生しており、LOVを認めた症例に関して、児の予後とに相関関係を認めた(乙35:1566p)。

A.「基線細変動が性状(存在している)ときと、減少しているときは胎児仮死とは診断されないが、消失のときは胎児仮死である。成熟児での胎児心拍数図でもっとも予後の悪い胎児仮死の所見がこの基線細変動の消失で、実際には、こうなってから胎児を急速遂娩してももう遅い場合が少なくない」(乙50:274-275p)。

*注2:遅発一過性徐脈出現後の30分経過後の予後不良
@.「さらに、遅発一過性徐脈は出現してから約30分を経過すると、その波形上に基線細変動が消失してくるようになる。こんなときの胎児は低酸素症だけの状態よりさらに悪化して、それによる臓器の障害も出していると推測されるので、こうならないうちに胎児の娩出をはかるべきであるといわれている」(乙50:320P2)c))

A.「一般的に教科書レベルのことで言えば、帝王切開しましょうと決めてから30分以内に児を娩出させることができなければためだというふうに書かれています。でも現実問題として、実際に手術というふうに決めて児が生まれてくるまで30分以内というのは非常に難しいと思います・このときは、もう非常に偶然というかたまたまというか、時間が早くできたと自分自身で思ってますし、これ以上早くと言われても、自分個人だけの力ではできない部分もありますし。30分ぐらいが限界じゃないかとおもいますけど。非常に早くできたと思います」(F調書50p)。

二・原告睦子(母)・原告秀樹(父)の損害
1・原告両名の慰謝料は、死産に関する判例上の標準的な父母の慰謝料を超えるものではない。

2.葬儀費用も、社会通念上、死産を標準として算定すべく、通常と同様には請求できないと考える。

第5、最後に

1・本件は、正常児の出産を望む原告ら両親に対して、その期待に応えるべく、前期破水後の微弱陣痛と時間経過に推移の中で、遷延分娩による子宮内感染のリスクを回避する目的から、まず、母児への悪影響の少ない頸管熟化作用を有する経口子収縮剤であるプロスタルモンE錠の経口投与を開始し、6錠目の投与終了後の13時15分から15時頃までの間に胎児に急変が起こり子宮内胎児死亡に至った事案である。

2・この約1時問45分の曲に何が起こったのかは、剖検が実施されなかったために、その正確な原因は不明とせざるを得ない。しかし、真の原因解明には剖検が不可欠であったことに照らせば、その原因不明による不利益をこの間にCTGや妊婦の直接の観察などを怠った被告F医師や担当助産師に負わせることが公平な損害賠償責任のあり方とは到底思えない。

3・点滴静注による場合は別として、過失論の前提としての「経口」プロスタルモンE錠投与時に、いつの時点でCTG監視を行うべきなのか、あるいは、原告主張のように連続的なCTG監視を必要とするか否かに関する医療水準も現在まで明確化されているとはいえいない。

4・さらに、本件を胎児死亡とみるか、出生後死亡とみるかによって、損害賠償論としても大きな差が出る事案である。

5・医療機関として本件が子宮収縮剤の副作用として起こった事故であれば、このような事案を教訓として、早期に子宮収縮剤の副作用を発見してできる限りの処置を行うために、「経口」プロスタルモンE錠投与中は連続的なCTG監視を実施するように努めるべきことになるが、他方、前期破水の状態では、子宮収縮剤の副作用とは無関係に予期できない突然の臍帯脱出が起こることも知られており、本件が前期破水を原因とする臍帯脱出による胎児の急死であれば子宮収縮剤投与との関係は遮断される。その場合の教訓は、いきおい前期破水のみでなく、それ以外の数多く臍帯脱出のリスクファクターが1つでも存在すれば常にCTGによる連続的監視をなされるべきものとなるが、現実的でないし、また、実際そのような警告は一般になされていない。このように本件事案はその原因をどうみるかによって、今後の医療の対応方法にも大きな相違を産む可能性がある。

*注1:臍帯下垂・脱出の危険性の高い場合の管理方針「臍帯下垂・脱出の起こる危険性の高いものを表17-13にあげる。臍帯脱出は突然起こり、対処も緊急を要するため、以上のようなリスクの高い妊婦には、あらかじめ超音波で胎盤や臍帯の位置などを調べておき、羊水過多症や臍帯下垂の見られる妊婦は分娩前に入院させて管理したほうがよい」(乙32:424p右上段・表17-13)とされるがCTGによる連続監視の必要性は説かれていない。

6.さらに、本件が提訴されて以来、原告らは2001年(平成13年)7月20日付フライデイヘの「薬の安易な投与で死産」30歳の母親が怒りの裁判という表題で実名(「公立那賀病院」、「H・F医師」)で報道し、また、「ルーちゃん(留美奈(原文ママ))からのメッセージ」というホームページ(http://rumina.cside4.com/index.htm1)で訴訟資料(答弁書等)を連載した。これらにより被告Fはもとより、担当助産師など被告病院関係者は相当の精神的負担を強いられたと被告ら代理人は聞いている。

7.なお、原告らは、K助産師の証人調書31〜32pでのドプラー心音検出器による遅発一過性徐脈の所見に関する証言を偽証或いは遅発一過性徐脈について正しい知識を有しないことになると主張するが(原告第5準備書面11p)、K助産師の同証言の趣旨は「陣痛発作が来ている間」に、則ち「陣痛と陣痛発作時じゃないところで、おくれて」、「その聞いている間に、心音が落ちればがわかると思います」と証言したものであり、これはCTGによる正確な陣痛と胎児心拍曲線の関係評価による診断の問題としてではなく、ドップラ心音検出器による検査時の遅発一過性徐脈の推定という意味で証言されたことは前後の脈絡上明らかであり、また、当時のK助産師のドップラ心音検出器による知識や経験に基づいた証言であり、なんら偽証でないし、また、遅発一過性徐脈について正しい知識を有しなかったことによるものではない。

8.以上、本件事案を医学的知見の是非を含めて十分にご検討いただき、具体的な事実経過を踏まえた事案に即した公平中立な観点からの判決を求める次第である。

以上。 


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