2003年9月30日

神戸地裁尼崎支部における第1審判決に当たって

兵庫県尼崎市 山下秀樹 

睦子 

 本日、公立那賀病院(和歌山県那賀郡打田町所在)と主治医に対する医療過誤を原因とした損害賠償請求訴訟第1審判決が神戸地方裁判所尼崎支部において言い渡されました。
 私ども夫婦は、2000(平成12)年10月17日、神戸地方裁判所尼崎支部に提訴し、これまで13回の口頭弁論を通じて、同病院と主治医の不適切な医療行為によって私たちの第1子・瑠美奈が出生直後に死亡したことを立証してきました。判決の機会にあたって、私たちは、被告病院と被告医師に今回の医療事故への深い反省と謝罪を求め、あわせて同様の医療事故の再発防止を訴えたいと思います。

1.事実経過

 原告睦子は、里帰り出産(初産)のため実家に近接する公立那賀病院に分娩予約を行い、必要な検診やマタニティクラスを受け、出産に備えていました。2000(平成12)年5月25日木曜日、妊娠37週6日、破水し、被告病院へ向かい、被告F医師による診察の結果、前期破水と診断され、16時15分同院に入院しました。同夕刻から夜半にかけて陣痛が始まりましたが、分娩にはいたりませんでした。
 翌26日金曜日朝、被告F医師は原告睦子に対して、内診もせず、薬についての十分な説明もしないまま、経口の陣痛促進剤「プロスタルモンE」(プロスタグランディンE2)を服用するよう指示しました。8時15分ころより、プロスタルモンEを一回一錠一時間ごとに六回、13時15分まで合計6錠を服用。プロスタルモンEを服用中に原告睦子は非常に短い周期で強い陣痛に襲われていましたが、分娩監視装置はごく短時間装着しただけで、後は1時間に1度ドプラーによる胎児心音の聴取があっただけでした。しかし、13時15分から15時ころまでの間はドプラーによる聴診もなく、放置され、原告秀樹のみが付き添っていました。
 15時ころに陣痛室において、分娩監視装置を装着しようとしたところ、胎児は高度の徐脈を示していたため、被告F医師の診察によって胎児仮死と判断され、緊急帝王切開で胎児を娩出することになりました。
15時46分、女児(瑠美奈)娩出。重症仮死のため蘇生措置が施され、瑠美奈も懸命にがんばったのですが、16時38分に死亡しました。
 安全な出産を疑っていなかったのにわが子を突然失い、悲嘆にくれる原告秀樹・睦子に対して被告F医師は「原因は分からない」と繰り返すのみでした。

2.原告の主張・立証した被告の医療行為における過失と問題点


 陣痛促進剤(子宮収縮剤・オキシトシン製剤およびプロスタグランディン製剤)は個人によって効果に非常に大きな差があり、そのために過強陣痛、頚管裂傷、子宮破裂、羊水塞栓、弛緩出血、胎児仮死・死亡などの重篤な副作用を起こすことがあります。それらの被害の実態を踏まえて、用量・使用方法が厳格化され、添付文書に記載されています。本件で使用された錠剤の「プロスタルモンE」(プロスタグランディンE2)は点滴によるオキシトシンやプロスタグランディンF2αに比べて調節性に劣るため、1日の最高使用量(6錠)までを一律で投与してはならず、陣痛の誘発・促進を認めたら使用を中止すること、投与中には分娩監視装置による十分な監視が必要とされています。

 また前期破水で羊水の流出が続いている場合にも、胎児仮死の発生する可能性があるために胎児の連続的なモニターが必要とされています。現在、胎児仮死を早期発見し、重症化を予防するためには陣痛と胎児心音の関係を示す分娩監視装置による連続監視がほぼ唯一の方法とされています。陣痛と無関係に5秒程度3回ドプラーで胎児心音を聴取するだけでは、とうてい胎児仮死の兆候をとらえることができません。

 今回の出産において、原告睦子は前期破水しており、かつ頚管未成熟の状態でプロスタルモンE錠の投与であったため、分娩監視装置の連続装着による分娩監視が必須でした。それにも関わらず、必要な分娩監視の義務を怠り、被告病院ならびに被告F医師は陣痛促進中の8時15分から15時までの約7時間にわたって原告睦子を分娩監視なしに放置したに等しく、そのためその間に胎児仮死に陥っていた瑠美奈の容態を把握することができず、処置の時期を逸して結果的に死に至らしめました。原告側は、診察記録、助産婦証人尋問、被告医師・原告本人尋問、医学文献、さらには専門医師による鑑定意見書を通して、上記の分娩監視義務の内容、医師の過失と死亡の因果関係、そして正しい分娩監視が行われていた場合に救命が可能であったことを主張のうえ、立証しました。

3. 私たちの願い


 陣痛促進剤の副作用による被害は、1992年に添付文書が改訂された以降も続いています。その多くの例では使用量が守られていなかったり、適切な分娩監視がなされていないなどの使用する病院側の過誤がその原因となっています。私たちの被害もまさに同じような杜撰な医療行為によってひきおこされました。そのことは、繰り返し警告されてきた陣痛促進剤の副作用について、医師が必要な注意を払っていないことを示しています。2001年には多くの被害者の声によって再度の添付文書の改訂が行われましたが、医師がそれを守らなければこれからも同様の被害がなくなることはないでしょう。

 そこで、私たちは、被告病院、被告医師に、私たちが裁判を通じて明らかにした事故の原因と責任を真摯に受け止め、今回の医療事故について深く反省し、謝罪することを求めます。さらに今後の事故再発防止のためにあらゆる手段を尽くすことは当然であると考えます。

 私たちの裁判には、代理人のS弁護士、H弁護士をはじめ陣痛促進剤事故被害者、薬害・医療事故被害者、家族・友人、さらにマスコミの皆さんの多くの支援を頂きましたことをあらためて感謝いたします。おかげをもちまして、裁判を通じて陣痛促進剤の不適切な使用の実態を明らかにすることができたと思います。私たちの娘、瑠美奈の命は決して取り戻すことはできませんが、赤ちゃんと父母が二度と同じ不幸に見舞われることのないように訴え続けることが残された私たちのなすべきことであると確信しております。今後とも多くの皆様に陣痛促進剤の副作用による被害と医療過誤による被害防止に向けて引き続き支援して頂けるようお願いいたします。